【2006年9月19日脱稿・2017年6月5日加筆修正】初出:配信『機動戦士ガンダム』用原稿(サンライズ)

 

1979年4月からオンエア開始された『機動戦士ガンダム』は、最初は玩具セールス主眼を打ち出していた。それゆえ他のロボットアニメとどう違うのか、画期的な点の認知度は低かったと言える。関連商品も児童向け中心からスタートしたが、本来のターゲット層である中高生に訴求した最初期の商品のひとつが、6月にキングレコードから発売された音楽集のアルバムだった。

映画のための音楽は現場的には「劇伴(劇につける伴奏)」または「BGM(背景音楽)」と呼ばれ、商業的には「サントラ(サウンドトラック)」という分類である。アニメーションの情感と音楽には歴史的に密接な関係があるが、「児童向け」という固定観念からアルバムが出ても大半は「歌」中心だった。「BGMはモノラル録音でインストゥルメンタルのため商品価値に乏しい」とされていたのだ。しかし先行する『宇宙戦艦ヤマトシリーズ』では、宮川泰によるステレオ録音のサントラ盤が中高生向けに大ヒット商品となって時代を変え始めていた。そしてガンダムのアルバム発売も、大きな期待に応える充実したものとなった。

『ガンダム』の音楽は渡辺岳夫と松山祐士のコンビ(いずれも故人)。『無敵超人ザンボット3』『無敵鋼人ダイターン3』に続く3本目の担当である。だが、前2本に比して『ガンダム』の音楽は、常識と少し違う雰囲気を放っている。映画ではシーンに合わせて1曲ずつ劇伴が用意される(「スコアリング」という)。だが、TVアニメでは毎週曲を使うため、あらかじめ想定される情景(ガンダム発進など)や感情(怒り、哀しみなど)をメニューに列記し、それをもとに作曲が行われる(「溜め録り」という)。作曲時点ではフィルムが完成していないことも多く、キャラクター設定書やシナリオ、絵コンテなど制作素材だけが手がかりとなる。

渡辺岳夫は当時のインタビューで「《たし算》と《ぬり絵》で画面に合わせた音楽を作るのは止めようと、いうことになり」と語っている(機動戦士ガンダム 記録全集3)。これは「笑っている映像に明るい音楽を足す(塗る)」というルーチンの発想による、シンプルで説明的な作曲・選曲方法を指す。だが、ガンダムは「顔は笑っていても気持ちは哀しい」というよう複雑な表現で人間味と現実感を求める作品である。音楽に求められるものも高度でリアルな感情や、宇宙世紀を代表する直径6キロのスペースコロニーという誰も目にしたことのない人工建造物の存在感、壮大な時間の流れという抽象的なものが多くなった。

その結果、ファーストアルバムには、実に聴き応えのある曲ばかりが収録された。しかも当時は「組曲形式」として複数曲をまとめるアルバムが流行していたのに対し、ほぼ1曲毎に構成され、ステレオで収録されていることも画期的だった。作中ではメニューと異なる使われ方をした曲も多いが、その応用範囲の広さが楽曲が表現するものの深さを実証している。つまりガンダムの音楽は映像に対し、「たし算」ではなく「かけ算」の作用を及ぼしているのだ。そうした音楽は、セル画と画用紙で描かれるがゆえに薄くなりがちな映像を、特別な厚みあるものへと仕上げていく。ゆえに音楽を聞けば逆に映像が浮かぶケースも増え、オンエアが進むにつれて何度聞いても飽きが来ない、歴史に残る名アルバムとなった。

当時のアニメのサントラ盤は1枚のみ発売され、2枚出ても「BGM集とソング集」が一般的であった。ところが音楽中心に挿入歌3曲のセカンドアルバム「戦場で」が放送中(11月)に発売されたことも、画期的であった。しかもこの商品は「パッケージ」全体に革命を起こす。1枚目がセル画仕上げだったのに対し、2枚目ではアニメーションディレクターの安彦良和自らがジャケットを描き下ろしたのだ。しかもガンダムが描かれていないのも、驚きである。

修羅の戦場を連想させる荒涼とした夕景、絶望の中にそれでもアムロが一歩踏み出そうとする画題は、まさにガンダム世界のテーマを集約したものとなった。結果的に1枚目よりもセールス枚数が上回る現象が発生し、キングレコードの「LPダイヤモンド賞」を受賞するほどとなって、同社のアニメ部門を活性化する。これは今で言う「ジャケ買い」の始まりでもある。以後「パッケージングの重要性」という意識が芽生え、イラストやデザインが次第に洗練されて、ファンの期待に応える商品が増大。この流れが後に「ビデオソフト」というパッケージ商品へとつながっていく。

このセカンドアルバムでシンセサイザーの配分が増えていることも、時代性を如実に反映している。主に終盤から最終回に向けてニュータイプや艦隊決戦、コロニーレーザー等に対応した楽曲中心に収録されているが、劇伴というよりイメージ曲に近いものとなっている(本編に使われた曲が少ない)。これはインベーダーゲームが流行し、YMOがヒットして電子音が席巻した世情によるものでもあった。『ガンダム』は時代の節目を象徴した作品であったが、それは音楽においても同様のことが言えるのである。

これらのアルバムは、現在でもCD等で入手することができる。機会あればそうした時代性ごと、当時の曲を受け止めていただきたいものである。(敬称略)

※松山祐士の「祐」は「示右」を1文字で書いた外字です。