このページでは、アニメと特撮の理解や研究に広く役立てられることを目的とし、
ATAC副理事長でありアニメ特撮研究家の氷川竜介が、過去に執筆した論稿や記事、トークや講演採録などの一部を公開します。
※数本ずつ随時公開していきます
※初出は文頭または文末に記載しています
※文中に記載している各種の情報は初出掲載当時のままです

  • 現実世界とファーストガンダム   第11回 ファン活動と設定主義

    【2006年11月29日脱稿・2017/06/05加筆修正】初出:配信『機動戦士ガンダム』用原稿(サンライズ)

     

    『機動戦士ガンダム』が児童向けのロボットアニメでありながら内容が中高生向けとなった成立を考える上では、1974年の『宇宙戦艦ヤマト』によって「アニメファン」と呼ばれる新ユーザー層が確立したことの影響が無視できない。何より『ヤマト』が劇場映画として大ヒットした原動力は、放送終了後も熱気を持続していた全国のファンクラブ活動とその組織化された応援によるものであった。

    『ガンダム』を新企画として立ちあげるとき、「受け手あっての作品」という意識、つまり「ファン活動を誘発するようにしたい」という想いは、大前提としてあったはずである。特に初期のほうには、ファンの存在を意識した部分が多々確認できる。たとえばシャアは、企画段階では『勇者ライディーン』で人気の仮面キャラクター「プリンス・シャーキン」を前提にしていると、多くのファンは受け止めた。シャーキンは女性ファンに人気の「美形キャラ」の元祖的な悪役で、「富野監督+安彦キャラ」でもあるから、シャアは実に正統な後継に見えたのだ。

    シャアは地球に降下してから友人ガルマにコンタクトする。アニメの同人誌文化では「アニパロ(アニメパロディ)」という2次創作が主流だが、中でも「男性×男性」という構図は中核になり、現在では「ヤオイ」と呼ばれるジャンルを形成している。「シャア様・ガルマ様」は本放送時、女性ファンにヤオイの先駆的な人気を呼んだのである。アニパロは「月刊OUT」(みのり書房/現在休刊)で商業誌にも進出し、2人を「猫」に見立てた浪花愛の『シャア猫のこと』は大人気となる。現在、同人誌文化では「キャラの猫化」がひとり歩きしているが、そのルーツもこうしたところに見ることができる。

    このように『機動戦士ガンダム』には、女性アニメファンをターゲットとして想定した部分が少なからず存在し、サンライズ直販の「機動戦士ガンダム記録全集」にもそうしたファンレターや差し入れグッズが多数掲載されている。確実な反応がそこにはあったのだが、やがて「男性中心の文化」であるような変化を遂げ、過去にさかのぼって最初からそうであったような錯覚を生じさせている。

    そうした変化の原因のひとつは言うまでもなく「ガンプラ」による模型文化である。そして、もうひとつ原因がある。それは「設定主義」的なムーブメントである。そこにもやはり同人誌を原点とした活動が大きな作用を及ぼしている。

    2次創作の「アニパロ」とは別の同人誌のジャンルとしては、「研究・評論」がある。これはアニメーション制作用の作画設定資料の掲載や、インタビュー、評論などを記事の中心としたもので、『ヤマト』当時から存在した。そこには用語事典や、設定の疑問点にファンが科学考証をつける記事も掲載されていた。『ガンダム』ではそれとはやや傾向と姿勢が異なり、映像を解釈して設定を後から裏づけすることで「世界観」の補強にまで高めようとする文化が出現した。その代表格が同人誌「Gun Sight(ガンサイト)」であった。

    『ガンダム』がR・A・ハインラインのSF小説『宇宙の戦士』に登場するパワードスーツにヒントを得ていることは有名だ。その小説の文庫版(早川書房)でイラストを担当したスタジオぬえは「SFを総合的に仕事にする」会社で、日本サンライズ(当時)のブレーンも担当していた。ぬえのメンバー松崎健一がシナリオライターとして『ガンダム』にも参加していたため、科学考証、SF設定という特別な役職は存在しなくとも、脚本を介して「ぬえ的考証」が作品に影響を及ぼした部分が多々生まれたのである。スペースコロニーをレーザー砲に改造するアイデアなども、その一例であった。

    そして“Gun Sight”には、スタジオぬえ所属または関係の深い河森正治、美樹本晴彦、大野木寛、森田繁ら、当時20歳前後の若手が多く参加していた。『超時空要塞マクロス』(’82)でやがて活躍する彼らはまだ無名時代である。SFファンとして仲間とスペースコロニーやミノフスキー粒子の科学的考証などを行い、同誌で発表。その成果は『ガンダム』劇場公開でブームが盛り上がる1981年夏、「OUT9月号増刊 GUNDAM CENTURY 宇宙翔ける戦士達」というムックとなって登場したのであった。

    その奥付には「企画:松崎健一/スタジオぬえ(宮武一貴、河森正治)/大徳哲雄(みのり書房)、設定解析:河森正治、協力:“Gun Sight”」とクレジットされ、美樹本晴彦(良晴名義)もイラストを提供している。このムックで“Gun Sight”誌を中心として、アニメック誌(ラポート発行)等で先行していた科学的・軍事的考証も含めて「世界観設定」として整理統合されたと言える。中でもミノフスキー物理学とその応用のIフィールド、コロニー落としを「ブリティッシュ作戦」と呼称する等の記載は、後年のフィルム作品にも公式として取りいれられている。そうした設定は、この時点で確立したものであった。

    さらにこのムック用のメンテナンスハッチを開放したガンダムのイラストは、短い時間差でホビージャパン誌の模型作例の題材に使われ、増刊号「HOW TO BUILD GUNDAM 2」の表紙を飾っている。ムックを飛び出し、ガンダムワールド全体を変革した点では、MSV(モビルスーツ・バリエーション)と同等の機能をはたした。こうしてフィルム外へ実体のある立体物として飛び出したモビルスーツは、読み返しできるムックによる文字・イラスト設定というバックボーンを得て重みを増し、相互作用をもたらす。劇場映画や再放送でフィルムに対峙するときの感動にも、絶妙なスパイスを加えてくれるものとなったのだった。クリエイションにつながったという点でも、ガンダム以前のあり方とは違うムックとなったのだ。

    『機動戦士ガンダム』というフィルムは「リアルな考証に基づいて作られた」という錯覚をされがちだ。しかし、実は受け手のファン側から始まった設定文化が送り手の予想を超える裏づけをあたえ、厚みを加えていったというのが、より正確な流れなのである。「ガンダム文化」の成長に、送り手と受け手のこうした共鳴関係があったことは、原点確認の上で非常に重要ではないだろうか。(敬称略)

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    【BONUS】

    ※外して残していた文章パーツですが、氷川からの証言として付記しておきます。

    筆者が近年取材時に聞いた話でも、富野監督は「制作現場やアフレコスタジオに女性ファンが大勢来るようになっていたため、彼女たちが望むような最終回にしなければと思っていた部分がどことなくある」(趣意)と語っている。また安彦良和もかつて1980年ごろ、まだコスプレという言葉さえ確立していない時期に、「(コミックマーケットで)ホワイトベース乗組員の格好をした人を見かけますよ」と伝えると、「実は、簡単にその辺の服(体操服?)をアレンジすれば、着てもらえるかなということもあって、ああいうデザインにしたんだ」(趣意)と、嬉しそうに語っていた。

    Published On: 2022.09.30